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札幌高等裁判所 昭和44年(ラ)55号 決定

抗告人 川辺光春

〈ほか二名〉

主文

原決定を取り消す。

本件競落をゆるさない。

理由

一  抗告人川辺光春、同清水三郎らは「原決定を取り消す」との裁判を求めた。その抗告の理由は別紙第一記載のとおりである。抗告人佐藤一郎も右同旨の裁判を求めた。その理由は別紙第二記載のとおりである。

二  抗告人川辺光春、同清水三郎の抗告理由について。

所論は、要するに、競売の対象物件に競落人に対抗できる賃借権が設定されていたが、競売期日の公告にそれが記載されていなかった違法があるというのである。

一件記録によると次の事実が明らかである。本件競売事件の目的物件である抗告人佐藤一郎所有の宅地一筆およびその地上の建物一棟は一括競売に付され、抗告人川辺光春、同清水三郎が共同でこれを競落した。ところで右土地建物の登記簿謄本によると、両物件とも、昭和四〇年三月三〇日に本件競売事件の債権者である北海道信用保証協会に対する根抵当権設定登記がなされ、その後の昭和四三年一一月一四日に、株式会社インド綿本舗に対し、同年七月三一日の設定契約を原因とし、存続期間を満一〇年とする賃借権設定登記がなされている。札幌地方裁判所執行官村津泰志は、賃貸借取調べにあたり物件所有者佐藤一郎との電話連絡により、登記簿に記載されたとおりの賃貸借が存在するむね報告し、執行裁判所はその報告にもとづき、競落人に対抗できる賃借権はないものと判断し、競売期日の公告には賃借権を記載しなかった。

ところが、≪証拠省略≫によると、右土地、建物とも昭和三四年三月ごろに同抗告人と株式会社インド綿本舗との間に賃貸借契約が締結され、それ以来同会社がひきつづきこれを占有して使用していることが認められる。さらに、≪証拠省略≫によると、右土地上には同抗告人所有の建物とは別に競売の対象となっていない株式会社インド綿本舗所有の木造車庫一棟が存在し、昭和四四年一一月一二日に保存登記されていることが認められる。

以上の事実によると、建物についての賃借権は、根抵当権設定登記前に賃借人が建物の引渡をうけることによって対抗要件をそなえたことが明らかである。競落人は競落後もこの賃借権を対抗されることになるが、競売手続はこのような賃借権がないものとしてすすめられたから、競落人は損失をこうむるおそれがあり、執行裁判所が競売期日の公告に右の賃借権を記載しなかった違法をとがめる利益を有するといわなければならない。

つぎに、土地の賃借権については、土地の引渡が対抗要件ではないので根抵当権設定登記前の引渡によって競落人に対抗できず、また根抵当権設定登記後の前記賃借権の登記によっても競落人に対抗できない。さらに、右土地のうちの前記株式会社インド綿本舗所有の木造車庫の敷地部分についても、同車庫の所有権保存登記がなされたのは根抵当権設定登記後であるから、同会社は、土地の賃借権をもって競落人に対し建物保護法による対抗力を主張することはできない。結局、土地についての賃借権を競売期日の公告に記載しなかったのは、違法ではない。

しかしながら、右土地、建物は一括競売されているので、その一方の競売手続だけをやり直すことはできない。そうすると、本件競落許可決定の取消を求める抗告人川辺光春、同清水三郎の抗告は、結局すべて理由があることになる。

三  抗告人佐藤一郎の抗告理由について。

抗告人佐藤一郎の抗告理由第一は抗告人川辺光春、同清水三郎のそれと同旨であり、その第二は適法な最低競売価額の公示を欠いた違法があるというのである。

ところで、抗告人佐藤一郎は競売物件の所有者であるが、物件の所有者としては、競売手続上に所論のような違法があっても、特別の事情がないかぎり、損失をこうむるおそれはないのであるから、競落許可決定に対して抗告する利益がないといわなければならない。すなわち、競落人に対抗できる賃借権が存在しないものとして競売されれば、それが存在するものとして競売される場合に比して高い価額で評価され競買されると考えられるからである。もっとも、競落後に、所有者が、競落人から民法五六八条に規定された担保責任を追求されることは考えられる。しかし、この場合における契約の解除や代金の減額は、物件の所有権がもとに復するか、競落人に対抗できる賃借権の負担付きで正当に競売された場合の価額に減額されるだけのことであるからかくべつの損失を生じない。また、所有者が損害賠償責任を負わなければならないのは、権利の欠缺を知ってこれを告げなかった場合にかぎられるが、本件においては、前記執行官の賃貸借取調報告書によると「附記」として、同抗告人が登記簿の記載にかかわらず昭和三三年ごろからの競売の対象物件を株式会社インド綿本舗に賃貸して使用させていたという趣旨の供述をしたむね記載されていることが認められるから、同抗告人は権利の欠缺を告げたものと解され、損害賠償の責を負うことはない。

また、かりに所有者が権利の欠缺を知って告げなかったとすれば、損害賠償を請求されるのはむしろ当然のことで、そのためにかくべつの損失をこうむるべき場合にあたるとはいえない。

しかしながら、ひるがえって考えると、競売期日の公告に競落人に対抗できる賃貸借の記載を欠くことは手続上の瑕疵にはちがいない。そしてこの瑕疵は、本来、職権によっても調査すべきものである。ただ、このような瑕疵があっても、それによって損失をこうむるおそれのないものだけが抗告し、他の利害関係人等がその点について異議をとどめていないときにはその抗告は排斥すべきこととなる。ところが本件については、物件所有者である抗告人佐藤一郎が抗告しただけでなく、競落人である抗告人河辺光春、同清水三郎も同じ理由で抗告し、かつその瑕疵は競落人である同抗告人両名にとっては損失をこうむるべき場合にあたることが明らかである。結局、競落人らが瑕疵をとがめずに競売手続をすすめることには異議をのべている以上、手続をそのまま進行させることはできない。

四、以上のとおり、抗告人らの抗告は結局すべて理由があることになるから原決定を取り消し、本件競落はこれをゆるさないこととする。

そこで主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 原田一隆 裁判官 神田鉱三 岨野悌介)

〈以下省略〉

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